キビるコラム!第三弾「残さず残る」

キビるコラム!第三弾は「演劇ユニットそめごころ」劇作家/演出家の石田聖也さんに、京都の「下鴨車窓」について書いていただきました。

下鴨車窓の公演を観たのは、2016 年に福岡のゆめアール大橋で上演されていた『渇いた蜃気楼』という男性2人、女性1人の会話劇で。当時、県外の劇作家とのつながりがあまりなく、京都の演劇人と話せるチャンス!くらいの軽い気持ちで劇場に出かけていきました。まぁ、、、しゃべるのが苦手でアフタートークは全然お役に立てておりませんでしたが。ほんとすんません。

アフタートークで唯一話せた感想は、作中の音のことだったような気がします。上演中の扇風機の音、俳優の息使い、外から聞こえてくる蝉の声、そしてじりじりと暑い夏の肌触り。こうやって言葉にしてみると、二年経った今でも自分の中に残っているように感じます。

演劇は俳優と観客が同じ場所で時間を共有するモノ。扇風機の音や俳優の息使いは劇だろうが劇じゃなかろうがその場に「ある」ものです。ところが、部屋の外から聞こえてくる蝉の声はスピーカーから流れている蝉の声が「ある」わけで、劇場の外で蝉が鳴いているわけではないのです。この些細な差が僕の劇世界を想像する範囲を決定的に変えていました。

限定された空間の中で聞こえる扇風機の音、時折感じる風によって、気づかないうちに部屋と劇場が同化し、外から聞こえる蝉の声は、劇場の外ではなく、観客を作中の記憶の風景へと連れていきます。二年前、劇場で観たあの風景が今でも僕の中に残っていられるのは、「見えないモノを見る」演劇ならではですね。

あ、そうそう。残っているといえば、これからどうなっていきたいのか。っていう話を田辺さんとしていた時に、「みんな30歳でやめていくけど、本当はその後にある。続けていくことが大事なんだ。」(言い方とか細かい言葉は定かではないけど)と言ってもらえたことを度々思い出します。僕の所属している団体も5年目をむかえ、いろんな問題に直面してきました。これまで演劇をやめていった人、続けられなくなってしまった人の気持ちがわかるようになりました。そんな時、演劇をやめるのはいつでもできる、なんとしても続けよう。と残った言葉を繰り返すことで自分を鼓舞することができている気がします。

演劇はその日その場所での体験なので、目に見える形として残っていかないですが、私たちの人生の一部として残ってくことができます。世の中に溢れかえり、手軽に消費されていく娯楽も良いですが、あなたの人生を変えるきっかけを、出会いを探して劇場に足を運んでほしいなぁと思ってます。


キビるフェス2019参加作品

下鴨車窓「微熱ガーデン」

ご予約絶賛受付中!下記URLより!

★石田聖也 公演情報★

・1/19 演劇ユニットそめごころプレゼンツ「ケンタウルス座の夜」(諫早独楽劇場)

 詳細は後日公開!HPはこちら


石田さんコメント:


第四弾は地元福岡のヒカリノオトについて、〇〇さんに書いていただきます!お楽しみに!

KIBIRU STAGE ART FESTIVAL